花束とカーテン - PIN 発売によせて

 

 ずっと忘れられない女の子がいる。

 

 Googleマップを開く。自然と動く僕の指が、その子の実家にピンを刺した。車で20分、徒歩だと3時間。なんだ、全然近いじゃないか。ほんの少しの気持ちのすれ違い、僅かな歩幅の差が、いつのまにか僕たちの目的地まで変えてしまっていたのかな。なんてさ、ロマンティックなことを呟きながら辿るきみへの道はなんだかずっと永く感じるんだ。イヤホンから流れるシューゲイズと、雨のあとの泥濘んだ地面が再会を喜ぶかのように共鳴している。夜明けの薄明かりが優しく僕と世界を綯交ぜにする。

 気がつくと、僕はきみの街にたどり着いた。心踊らせ、街を闊歩する。そうそう、そう言えば、僕はきみの家を知らない。でも確かに感じるきみの匂いを辿れば必ず会えると思うんだ。確証のない確信を、人は運命と呼ぶのだから。

 きみの匂いのする方へ歩き続けて数時間、見覚えのある水玉模様が現れた。きみの使っていた傘の柄だ。相合傘ではしゃぐきみを、20M後方から僕はずっと眺めていた。その傘の柄がプリントされたカーテンを、マンションの17階に見つけた。思考よりも先に体が動き出した。夢中でマンションの外壁をよじ登る。この瞬間のために僕はきっと必死で筋肉トレーニングをしていたのだろう。拳に迸る熱い想いを乗せて二重構造の窓を叩き割る。探し求めたきみの匂いを胸いっぱいに吸い込み、ゆっくりと吐き出す。

 そこでふと、部屋の隅で震える少女がいることに気が付いた。全く見覚えのないその少女は酷く怯えているようだ。そっか、そうだよね。自分の部屋に、50代のおじさんが全裸でいたら驚くよね。でも、心配しないでいいよ、大丈夫。きみは、僕の探している「きみ」では無いのだから。あぁ、どこまで行けば僕はきみに会えるのだろうか、と呟いたのもつかの間、けたたましいサイレンの音が鳴り響く。あっという間に数十台のパトカーがマンションを包囲した。僕の名前を絶えず呼んでいる。窓から見下ろすと、光り輝く赤橙の集合体はまるで、真っ赤な薔薇の花束のようだった。

 良い音源が出来たね!おめでとう!


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