旋律の奇跡ep.3

ep.3 廃れた村が輝きを取り戻しました /  U村 元村長 Kさん
 
 あれは私がU村の村長を仰せつかっていた時のことですから、どのくらい前になるでしょうか。
 その昔、U村は沢山の森林が生い茂る、それはそれは美しく豊かな村でした。住民ほとんどが林業を営み、伐採した木々を海外へ輸出する業者に販売することで、収入を得ていました。豊富かつ高品質な木材は住民の経済を潤し、幸福度は極めて高く、まさに桃源郷と呼ぶにふさわしい村でした。しかし、その桃源郷は政府の産業改革によって終わりを迎えます。あろうことか政府は、住民の反対運動を全く意に介さず、同意も得られぬまま強引に村の森林全てを伐採し尽くした上、跡地には国内最大規模の採石場を建設したのです。
 U興産と名付けられた巨大な採石場では、主にスマートフォンのバッテリーに使用されるリチウムイオンの原料であるコバルトが採掘されました。希少価値の高いコバルトは政府の息がかかった大手商社を経由し、国内外に高額で売買され、国益に大きく寄与したといいます。しかし、U村への還元は極めて少ないものでした。林業が立ち行かなくなった住民は、U興産で働くことを余儀なくされましたが、月の給料は現在の紙幣価値に置き直すと、およそ10万円。これまでの住民の平均月収の半額以下。別のところで働こうと思えば、山を三つ超えなければならない。その上、U村は一般社会とは完全に隔絶されていた為に、住民の殆どが全身にくまなくタトゥーを彫っていました。それと、日常的に大麻も吸っていました。
 『大人になったら、生ける屍の如く、家と採石場を往来する』あらかじめ決められた自らの陰鬱とした将来。子供たちはその瞳に退廃を宿し、纏わりつく諦観のスタンスはクリエイティビティの空洞化を顕著にしました。闇を照らす希望の光が煌めいていない。U村の子供たちは旋律的に言えば《仏を知らない子供たち》でした。そう、運命を変える《あのビート》に出会うまでは…。
 子供たちの溜まり場である、村はずれの産業廃棄物処理場。そこに棄てられていた一台の埃被った壊れかけのCDラジカセ。引き寄せられたかのように、それを拾った少年がおもむろにスイッチを入れると、数万発の打ち上げ花火が標高僅か一メートルで炸裂したかの様な轟音が鳴り響き、大地を液体の如く揺らし、雲は八当分に割れ、森の動物たちは恐れおののき、空間は時が止まったかの様なモノクロームになりました。常軌を逸したあまりの衝撃で、その場にいた子供たちは皆、一斉に気絶してしまいました。最初に目を覚ましたのは、仏を知らない子供たちの中でも一際仏を知らなかった少年S。その時には既に、件のビートが再生され、つまり子供たちが気絶してから7日が経過していました。子供たちが村から姿を消した七日間ですが、村人は持ち前の圧倒的なポジティブシンキングでもって、特に誰も気に留めておりませんでした。
 少年Sは鳴り響く轟音の中で、眠り続けた7日間の中に見た永く長い夢を思い出しました。それは、スポーツ選手になる夢に向かい一心不乱に汗を流す自分。スタイリッシュなEDMが流れるクラブでひたすら踊り続ける自分。家族を持ち無印良品の家を建て、リビングで息子をゲームをする自分。様々な人々から『天才と言うより、奇才ですね』と称される自分。後輩、幼馴染、クラスのマドンナの三人に同時に告白され、曖昧な返事をしたまま、家に帰ると双子の姉から『あんたどォーすンのよ?!』と説教される自分。心のずっとずっと奥深くに眠っていて今まで気が付かなかった色とりどりの《光》が其処にはあったのでした。『希望を夢見ること、それこそが希望だったんだ。ただ、それだけなんだ。希望よ、ひとつよしなに』気がつくと少年Sの瞳からは大粒の涙がとめどなく流れ出していました。一人、また一人と目を覚ます子供達は皆、少年Sと同じ様に涙を流し『ひとつよしなに』と何回も何回も滅亡から虚空へと呟いていました。もう、子供たちのその瞳に退廃は宿っていません。この瞬間から子供たちは皆、それぞれの夢に向かい、希望に溢れ、自分による自分の為だけの自分の人生を踏み出したのです。『アイドルになって皆を笑顔にするんだ』『サッカーの日本代表選手になって東京オリンピックに出るんだ』『政治家になって、U村を再興させるんだ』『世界一の彫り師になるんだ』『七夕にコピーバンドイベントを企画するんだ』『自分、ブレイクダウン、いいすか?』子供たちにとってそのビートは、旋律的に言えば人類の高い位置から発せられる高濃度な光の塊、天と地を繋ぐクリスタルドラゴンでした。
 さらに、そのビートは創造神の如き光と空間のマジックをもって、採石場を元の森にリノベーションしました。舞い戻って来た、かつてと同じ様に美しく豊かな森林は、住民に林業を再開させました。それだけでなく、伐採の衝撃波が、U村特有の水質をもつ湖の水と超次元のレベルで化学反応し、コバルトが生成されることが分かりました。住民はこれを収穫、フリマサイト経由で販売し採石場で勤務していた時の月収を超える副収入を得ることができました。この収入モデルと経営メソッドをベンチマークにして、ドラッガーは『マネジメント』を執筆したと言われています。
  さて前置きが長くなりましたが、要するにそのビートが私たちの村を、そして村の将来を担う子供たちを、細胞レベルで輝かせ、内に秘めた精神的なメタルゾーンをブーストさせた上で生命の水準を一つ先の次元へと引き揚げてくださいました。電子機器の概念を遥かに超越したそのCDラジカセは今でも魂のビートをU村に轟かせ続けています。
 もう、お分りですよね。このビートこそ《旋律世界救済教団、富美山混沌核殿の奏でた旋律》という訳です。今では勿論、住民全員が熱心な旋律世界救済教団の信者です。

合掌 ありがとうございました

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