旋律の奇跡 ep.2

ep.2 弟子の夢が叶いました / Design salon des “harmony” 代表取締役 Mさん 
 
 SK(旋律世界救済教団)をいつから聞いているか?もう、記憶にない程に昔ですね。僕のアーティスティックな生活には常にSKがありました。創造の業界に身を置くものとして、クリエイティブでスタイリッシュなSKの旋律は感性を常に研ぎ澄ましておく為にも必要ですから。僕はデザイン事務所を経営しており、そこで社長兼デザイナーとして、業種業界問わずクライアントが求めるデザインを、クライアントに寄り添って共創しています。商売とは畢竟、サステナブルな相互扶助。お陰様で開業してもう40年余りになります。いつも本当にありがとうございます。
 ある日、一人の青年が僕の事務所に訪れました。風貌はそうですね、綾野剛と松田翔太を足して2で割った感じでした。『弟子にしてください』と玄関先で蹲り、額を地面に擦り付ける彼の背中から発せられる黄金色の波動に、僕は思わず仰け反ってしまいました。事情を聞くと、青年には『世界一の彫り師になる』という夢があり、その夢を実現させる為の修行の場として、弟子として僕のデザイン事務所に置かせてほしい、とのことでした。先にも述べた通り、うちはデザイン事務所であり、タトゥースタジオではありません。どのように考えても、他にもっと弟子入りするに相応しい所があるだろう、と懇々と諭すも、青年は『ここで弟子にしてください』の一点張りでした。いくら話しても全く動こうとしない青年。「これはいくら言っても無駄なんだろうな。しょうがねぇ…着いて来いや!」青年の覚悟に折れた僕は仕方がなく青年を弟子として迎え入れることに決めました。そうして、青年と僕の奇妙な共同生活が始まったのでした。
 人里離れた地方出身の青年には、デザインに触れる機会が圧倒的に少なかった。その中でも唯一、村の大人たちが全身に入れていたタトゥーをこの世の何よりも美しく思い彫り師を目指した、ということでした。とにかく沢山のアートに触れさせ、青年の感性を豊かにしようと、美術館や博物館、展示会、アトリエ、クライアントとの打ち合わせ等どんな所にも連れて歩きました。新たなアートに出会い、感性という名のカサブランカが芽生える度に、青年は瞳を輝かせニコっと笑いました。青年のアートはシュールレアリズム、ダダイズムやアヴァンギャルド、アナトミカルからモード、サーフ系まで垣根なく踏襲し、その急成長ぶりには目を見張るものがありました。空間デザインにおいてはアメリカで個展を開ける程のレベル。思えば青年の成長が当時の僕の一番の娯楽だったのだと思います。
 しかし、ある時に青年の成長はピタリと止まってしまいます。何をどう踠いても、自分のアートが誰かによって作られた、あらかじめ決められた薄ら寒い贋作にしか思えない。色々な技術やアプローチを知れば知るほど、それが自分をきつく縛る鎖の様に思えてしまう。アイデンティティとは何か?本当に作りたいものとは?本当に望んでいることは?本能の赴くままに、時を忘れるほどに白いキャンパスに向きあっていた青年に、創作意欲の退廃という黒い陰が差したのでした。青年は食欲を無くし、パレットは空っぽのままで茫然と虚空に向けて聞き取れない程にか細い声で『ライブハウスは人』とかなんとか、呟くのでした。僕は、相槌を打つことしかできませんでした。ただ、青年の弱さを探すために。
 職場に宗教を持ち込まない主義でしたが、痩せこけた青年を見るに堪え兼ね、事務所でSKの旋律を奏でることにしました。耳をつんざく爆音が壁を揺らし、部屋中に溜まっていた埃が全て舞い上がり、部屋はどこまでも白く濃い霧に包まれました。『どこかでお会いしたことありますかッ?!』深い霧の中かすかに聞こえた青年の絶叫。しばらくして霧が晴れ青年を見ると、彼は何かを悟ったかのように、同時に子供に戻ったかのようにそれはそれは清々しい表情を浮かべていました。青年はアートに固執するあまり、彫り師になる夢のことを忘れていたようです。SKはそれを彼に教えてくださっただけでなく、錆び付いていたチャクラのクリーニングと、さらなるアートへの道導を与えてくださいました。
 その日を境に青年は僕と同じく、SKの熱心な信者となります。毎日共に旋律をその身に浴びて、オリジナリティを研磨しました。青年のアートは様々なジャンルを綯交ぜにしたハイブリッドかつダイヴァーシティなモデルから、次第に簡素化されていきます。三次元から二次元へ、カラーからモノクロームへ、要素を一つ一つ慎重に削ぎ落とし、洗練に洗練を重ねました。その結果、青年のアートは《明朝体》という境地に至ります。それまでの歳月、実に三年と八ヶ月。人生とは、何かを成し遂げるには余りに短い。
 そして遂に青年に、彫り師として一人の女性の体にその作品を刻む時が来たのでした。女性の求めるデザイン性と、青年のアート性。そのふたつが交差するたったひとつの着地点。打ち合わせは数時間にも及びました。結果、左足の小指から右足の小指にかけて一文字ずつ明朝体で《LOVE☆SEIYA》と入れるデザインが採用。丁寧に、それでいて大胆かつセクシーに彼女の指へ墨を入れながら、青年はいつか自分が彫り師を夢見るようになった日のことを思い出していました。それも今では昔話。あれから幾度となく迎えた夜明けに、本当の意味で光が差したのはこの瞬間だったのでしょう。
 そして数日が経過した頃、青年宛に女性から一通の手紙が届きました。中身は何やらメランコリックかつポエミーな文章で溢れかえり、まともに読むにはあまりに高カロリーでした。それでもまぁ、せっかくなので、胸焼けしながらも散文的で自己陶酔の甚だしいその手紙をダラダラと読んでいた訳です。ところが『本当にありがとうございました。青年は世界一の彫り師です!』という最後の一文に僕と青年は雷に貫かれた様な強い衝撃を受けました。そう、これをもって、まさに青年の『世界一の彫り師になる』という夢が叶ったのです。青年だけの、何よりも特別なトロフィー。これにて青年との共同生活は幕を閉じ、名実共に世界一の彫り師となった彼はまた『世界一のフラワーデザイナーになる』という新しい夢を追いかけるべく、インディポップ・シューゲイズという大海原へ漕ぎ出したのでした。本当にありがとうございます。それもこれも、全てはSKの旋律があったからこそ。あ?別にええやろ、殺すぞ?

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