elephant - vermilion 発売によせて

(1)

 教会の鐘の音が鳴り響く。新郎新婦が心からの祝福を浴び、色とりどりのフラワーシャワーと万面の笑顔の中、共に同じ未来へと歩み出す。そう、今日は結婚式。
 僕の座るテーブルは旧友ばかりで、結婚式というよりはむしろ同窓会と呼んだ方が相応しいのかもしれない。
 「わ!富美山じゃん、久しぶり!」
 友人を2人挟んだ席から僕に話しかけてきたのは、かつての恋人【バミ子】だった。
 「えっ、。あ、あぁ、久しぶり」
 僕はしどろもどろに答えた。バミ子とは10年前、ラグビー部のS先輩に寝取られて以来の再会だった。正直言って、僕は未だにその事を引きずっていたし、バミ子のことも単なる元恋人の1人とは思えないでいた。それとは対照的に、そんな些細な事は覚えていないとばかりに、当時のままの様な笑顔を浮かべ、明るく場を盛り上げるバミ子。女性の方がきっと割り切るのが上手なんだろうな。サブカルを拗らせた僕はただ、円卓の端で背中を丸めてモジモジする他なかった。新郎席に座るS先輩は恍惚の表情を浮かべ、そんな僕とバミ子を見つめていた。
 式は終盤に差し掛かり、thirstの爆音に合わせて会場の人々がフラッシュモブをする最中、バミ子が言った。
 「ねぇ、富美山は二次会、行く?」
 「ぼ、僕は行くよ。」
 「そっかぁー。良いなぁ、私は行けないんだ。旦那に帰ってこいって言われちゃってさ。」
 ここで僕は初めてバミ子の結婚を知った。今更それが別にどうという訳でもないが。は?別に関係ないし、いやマジで。
 「そ、そうなん、、だ」
 「うん。だから、式が終わったら、もうバイバイだね」
 「う、、そっ、そう、、」
 そうだね、と淡白に答えようとしても、上手く口にすることが出来なかった。これがバミ子と交わす最後の会話のように思えてならなかった。それを僕の細胞は認めたくなかったのだろう。2人の会話は止まり、奇妙な静寂が訪れた。何か、僕にはもっと、バミ子に伝えたいことがあった筈なのに。グルグル頭を回る行き場の無い感情に耐えかねた僕はフラッシュモブの一員に加わった。奇声を上げ、瞳孔をかっぴろげながら全身全霊を込めて踊り狂う。踊ってしまえばこっちのものだ。あらゆる現実の現象も、絶望も希望も正義も悪も、嘘も真実も、全てこの爆音の渦に飲み込まれてしまえ。

"This world is still filled with nowhere-to-go blessings"

 フィジカルの臨界点を遥かに超越し、美しき蒼き野獣と化した僕にthirstのリリックがシンクロし、空間におけるエモーショナルアートの水準を飛躍的に押し上げた。そしていつしか式は終わりを告げ、新郎新婦は式場から煙の様に消え去った。

(2)

 二次会の会場へ向かいながら、ぼんやりと今日の写真を眺めていた。量産型のブランドに身を包み希釈されたアイデンティティ、分厚くなった面の皮、塗りたくった化粧品と虚栄心。承認欲求のトリートメント。こうして見れば、やはり10年という歳月を経て、僕たちはそれぞれ大人になってしまったのだなぁと再認識する。それは勿論、今を精一杯楽しんでいる僕や友達、バミ子にとって喜ばしいことであると同時に、僕たちの過ごした時間が思い出としてパッケージされたのだと思うと、少し寂しい様な気にもなった。あの時、奏でられていたエモなサウンドは、いつの間にか鳴り止んでしまったのだろう。感傷に浸っている間も無く、スマートフォンから着信音【banquet】のイントロが流れた。直感で僕は、誰が電話をかけてきたのか分かってしまった。有機ELディスプレイに、1人の名前が浮かび上がる。【NTR女~あの日、大嫌いな先輩に奪われて~a.k.a バミ子】
 
 「あぁ、もしもし、富美山?なんかさ、私に何か言いたいことあったのかなぁなんて思って電話しちゃった」
 図星だった。ただ、肝心の言葉が、伝えたかった言葉がどうにも浮かばない。ちょっと、黙ってないで何か言ってよ~と続けてバミ子が笑う。
 「い、いやぁ、良い式だったね」
 咄嗟に僕は話を逸らした。それから、バミ子は結婚式したの?とか、どんな旦那さんなの?と、全く興味のない、と言うかむしろ聞きたくもないことを、僕は必死に彼女に問うた。只々、彼女との会話を繋ぎ止めておきたくて。
 「あ!やばい充電切れそう」
 着信から5分くらい経った頃だろうか。唐突にバミ子が言った。
 「あっ、そうなんだ。じゃ、、、」
 『またね』の言葉を遮り、バミ子は言った。
 「今さ、実は式場近くの居酒屋で1人呑んでるんだ。だからさ、せっかくだからちょっと寄れば?」
 「ファっ??!!!」

“I've been walking in the mire.probably, it will not remain so.”

 迷うことなく僕はバミ子の待つ居酒屋へ引き返す。2次会など、もうどうでもいい。いやむしろ、最初からどうでもよかったのだろう。
 僕は駆け抜けた、暮れていく夕陽によって朱色に染められた泥濘んだ道を。

(3)

 居酒屋に着くと、バミ子はカウンターに深く腰掛け、からすみをアテに泡盛をかっ込んでいた。
 「よっ!早かったね。まだこの近くにいたの?」
 「うん。ま、まぁね。」
 嘘をついた。人生最速レベルのスピードで走ってきたことを悟られたくなかった。最も、そうなんだねと微笑むバミ子に僕の魂胆など見透かされていたかもしれないが。呼吸を無理やり整えながら席に着く僕に、大将がキンキンに冷えたおしぼりを手渡す。すかさず僕はそれで顔と首もとに滲んだ汗を拭きとり、ふー…と、長い息を吐いた。
 「それ。おしぼりで顔拭くやつ、まだやってんだね」
 バミ子が指差して笑う。 
 「バミ子だって、からすみ食べてんじゃん」
 10年前は『おじさんっぽいね』とか言って笑いあっていた、僕のおしぼりとバミ子のからすみ。今となってはどちらも、年相応の振る舞いだ。何れにせよ、それをきっかけに思い出話で盛り上がった。青春時代の数ヶ月は、大人になってからの何年よりも長く感じる。お揃いのミサンガ、2人だけのサイン、メールアドレスに隠したそれぞれの名前。これよこれ。僕がしたかったのは。

 「それはそうと、ほんと、うちの旦那は束縛ばっかでさー!」
 「お金にうるさくてー。」
 思い出話が底を尽き、酔いの回ってきたバミ子は次第に夫の愚痴へと話題を移した。はいはい、そのパターンね。ここでその愚痴に乗っかって僕も悪口を言うのはNG。わかってますって。
 「それはさ、やっぱりバミ子がそれだけ愛されてるってことなんだよ」
 はい、ズドン。正解はこれでしょ。相手を持ち上げつつ、夫のこともフォローする包容力と器の大きさ。大人になった僕は、こうゆうことも出来るようになったわけですわ。
 「ははっ…はぁ。まぁ、それはそうと…」
 あ、これは全く刺さってないわ。 
 「そろそろ帰ろうかなぁ」 
 バミ子が時計を眺めながら言う。あ、そうですか。まぁそんなもんでしょ。は?いや全然何も期待とかしてないしね。仮にあったとしても、マジで速攻で断るし。
 「じゃ!これでホントに、バイバーイ!」
 ポケットからくしゃくしゃの万札をおもむろに取り出す。それを机にひょいと投げ捨て、店を出るバミ子。僕が別れの言葉を口にする間も無く、バミ子は人混みの中へと消えていった。店内に1人残された僕、幻のような時が過ぎ、遅れてじわりと押し寄せる喪失感。それから逃避するように、バミ子の残した泡盛をクイッと飲み干す。すると、想像以上のアルコール度数の高さで、僕は一気に酔っ払ってしまった。
 ぐらつく視界とこみ上げる吐き気。このままではマズい。フラつきながら、トイレへと向かった。個室に閉じこもり、胃の中にあったコース料理やウェディングケーキを全て吐き出す。まるで今日の一日全てが排水溝へと流れて消えていったように思えた。僕は『さようなら』と、バミ子に言えなかった分、流れていく吐瀉物に別れの言葉を呟いた。考えてみれば、別に何を失ったわけでもない。ただ、ひたすらにエモだった。それだけだ。冷たい水で顔を洗い、すっきりとした気持ちでトイレを出る。しかし次の瞬間、飛び込んできた光景に僕は、再び鬼エモの泥流に攫われた。

(4)

『っ~~~!!!???』

 目の前に、随分前に帰って行ったはずのバミ子が立っていたのだ。え、どうして?と聞こうにも、驚きで声が出ない。無言のまま、バミ子が僕の目を真っ直ぐ見つめ、一歩、また一歩と距離を詰める。僕とバミ子が向かい合うそこは偶然、死角になっていて、店員も客も誰からも僕たちを視認する事ができなかった。つまりは、2人だけの聖域(サンクチュアリ)。バミューダトライアングル、ラブラビリンス。僕の鼓動は今までのどの時よりも高鳴った。そして彼女はゆっくりと、囁くような声で言った。

 「ねぇ富美山。お願い、最後に一回だけギュってして・・・。」
 
 堰を切って溢れ出したエモのビッグウェーブが全てを押し流す。
 僕は震える腕で強く、強く彼女を抱きしめる。彼女もまた、同じヴァイブスで強く僕を抱きしめる。それはまさに、三位一体で掻き鳴らすelephantのグルーヴの様に。これが正解では無いことなんて分かっている。2人の間には10年という歳月だけが過ぎ去った。そう、エモなサウンドはずっと奏でられていたんだ。ただ、僕たちが気付かなかっただけで。

“Heroes save nobody.
 My sins will never disappear.Even though how much I burn myself”

 vermilionを初めて聞いた夜に脳内に舞い込んできたヴィジョンです。いつもの居酒屋で、作曲中のギターフレーズを録画した動画を見た時「これはとんでもない名盤になるんだろうな」と確信をしました。案の定、素晴らしい作品となり、僕ごときが言うのも何ですが、本当によかったなぁと思います。今作をカンフル剤として、飛ぶ鳥を落とす勢いでバカ売れし、サマソニでトリを担い、莫大な富と権力を得て、会員制の高級ラウンジに入り浸るようになったとしても、晩酌セット(2,000円でお酒4杯+料理2品)で笑い合った夜をどうか忘れないでいて欲しいです。ともあれ、心よりお祝い申し上げます。elephantのこれらからますますのご発展とご活躍を祈念いたしまして、結びの言葉とさせていただきます。

t.frtm a.k.a 富美山混沌核

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